泣-コウ-
かごめの頬から涙がぽたりと落ち、犬夜叉の髪にそれが染み込んだ時。
「かごめ」
犬夜叉はゆっくりと振り返って、言った。
「そいや…なんでお前がここにいるんだ…?」
しばらくの沈黙。
かごめは一瞬息をするのも忘れ、そして思いっきり息を吸い込み、息と共に言葉を放った。
「おすわりー!」
「ふぎゃっ!」
犬夜叉は地面にずしんと叩きつけられた。
「なにすんだよ!」
「なにって、こっちのセリフよ!涙ひっこんじゃったじゃない!」
まるで3年前のよう。
かごめは久しぶりに言霊を放ったような気がした。
「待ってても、いつまでも帰ってこないから!だから迎えに来たんじゃない!」
そう、かごめは夕餉の準備が済んで待っていたのだが、あまりにも遅すぎるので一度弥勒、珊瑚の宅へと足を運び、
七宝から犬夜叉の行方を聞きだしたのだった。
そして、ようやく犬夜叉を見つけたと思ったら、香炉を片手に持ったまま座り込んでいたのだという。
「もう、心配させないでよ!」
「かごめ…」
「見つけたと思ったら、あんたすごく悲しそうな声だったし…」
「だから今、泣いていたのか…?」
「なのにっあんたはなんで…っ」
そこまで言って、かごめは一気にぶわっと目から涙があふれ出した。
犬夜叉と、己の気持ちと一緒に―
「なん…っで…っ」
「すっ…すまねぇ、かごめ…」
そっと犬夜叉はかごめを引き寄せ、抱きしめる。
そして、かごめが泣きやむまで、しばらく、そのままでいる。
かごめが落ち着いた後、かごめは犬夜叉に問うた。
「なんで、悲しかったの…?」
「…」
犬夜叉は目をうろうろさせ、言葉を探す。
「教えて」
かごめは、念を押す。
「…怒らないか」
「じゃあ、怒る」
「…」
かごめは、困ったような顔をした犬夜叉に、「はぁ…」とため息をつき、もう一度言葉を紡ぐ。
「怒らないから、教えて」
「…じゃあ言うぞ」
ひとつ、息を置いて。
「桔梗の、夢を見た…」
「…」
「夢か、幻か、わからねぇ。これを捨てた途端、意識を持ってかれた」
「これ、なんだったんだろう」
「わからねぇ…そいやあの男にいろいろと聞かねえとな」
「待って。それよりも、まず犬夜叉の話」
お互いに目を合わせる。
かごめは、気になる事を聞いてみた。
「桔梗、何か言ってたの…?」
「…」
「ねぇ」
「お前も幸せになれって」
「え?」
「桔梗は、十分幸せだったから、俺に幸せになれって」
『お前はもう幸せを手に入れたではないか…』
桔梗の言葉が蘇る。
「ねぇ、犬夜叉の幸せって、なに?」
もう一度、桔梗の言葉が蘇る。
「俺の、幸せ…?」
そこで、俺ははっと気付いた。
己の幸せが何か、を。
気付いてしまった。
桔梗の、あの儚げな笑顔の裏に秘める思いを―
…桔梗、お前は強いな。
「俺の幸せは、かごめだ」
そして、お前も。
「かごめ」
「桔梗が、お前に『ありがとう』と」
「え?」
『お前の“幸せ”にも、ありがとう、と…』
「…犬夜叉」
「ん?」
「それなら、私も桔梗に、『ありがとう』って」
「え?」
「私を犬夜叉と会わせてくれて、ありがとうって」
かごめが、桔梗に…?
『お前のおかげで救われたと』
なんで…
どうして…俺が好きになった女はこんなにも、強い。
どうして、こんなにも優しい。
「なんで…」
『だから、お前も幸せになってくれ…』
犬夜叉は声を震わせながら呟く。
「どうして…」
どうして、こんな俺に、お前たちは…
「どうして、俺に幸せになれって言うんだよ!」
『私、犬夜叉にもっともっと楽しいってこと、知ってほしい。
辛いこともあるけど、楽しいことや嬉しいこともあるって、知ってほしい』
犬夜叉は、二人に叫ぶ。
「どうして、お前たちは俺に願うんだよ!」
泣きながら、叫ぶ。
どうして、と。
固く握り拳を作っていた犬夜叉の手の上に、かごめはそっと自分の左手を添える。
そして、涙を流しながらもう片方の手で犬夜叉を抱きしめて、静かに言う。
「それは、私も桔梗も、あんたを好きだからよ」
かごめは、声を震わせながらも、言う。
「たとえ自分が辛くても、あんたが好きだから…あんたが幸せだったら私達も幸せなのよ…」
「…っ」
「そんなの、当たり前じゃないっ…」
「かごめ…」
かごめは、泣きじゃくる。
そして、言う。
「だから、犬夜叉。幸せになろう」
「…いい、のか?」
「いいの」
きゅ、と彼の右手に力を込める。
彼がもう迷わないように、捕まえていてあげるから。だから―
「明日も、一緒に生きよう。たくさん笑って、たくさん泣いて、幸せになろう」
瞳と瞳を合わせて。互いの瞳に想い人を映しこんで。
「一緒に、幸せになろう」
ひとつ、口づける。
「幸せに、なろう、犬夜叉」
犬夜叉は自分の右手を彼女の左手にそっと絡める。
もう、迷わない。己のために、そして彼女(おまえ)のために―
「…あぁ、かごめ」
もう一度、口づける。
「ふ、…っ、ぁ…」
「いぬっ…やっ、は…っ」
今度は深く、深く、口づける。
心が満たされていく―
もう、この先どうなってもいい。何があっても、俺はもう大丈夫だ。
お前が近くにいるから。
お前達が幸せだと言うのなら、俺は幸せになろう。
俺が幸せだったらお前達も幸せだというのなら、幸せにしてやろう。
俺が愛した女(ひと)達よ、どうか、どうか―