判-ハン-
犬夜叉は弥勒の家に向かうにつれ、甘ったるい匂いが強くなっていくのを感じた。
「なんだこの匂い…気持ち悪いな」
弥勒に家に着くと、鼻と口を自身の衣で覆いながら家に入った。
「弥勒?」
「あぁ、犬夜叉」
「「いーぬー!」」
「すっげー甘ったるい匂いだな…」
香炉を真ん中にして、弥勒一家は貰った香を楽しんでいるようだった。
「楓様にも見てもらいましたが、効果があるとしても眠気を誘うだけなので大丈夫だと言っていました。
今、使い始めたところなんです。よかったら犬夜叉もどうです?」
「いや、俺はいい。邪魔したな」
そう言って犬夜叉は家から出る。
すると、この甘い匂いで中にいた時は気づかなかったが、今微かに男の、人の匂いを感じた。
そして、この家の匂い以外の甘い匂いや酸味がありそうな、鼻につく匂いなどが人の匂いに交じって漂っている。
「誰かいるのかっ」
気配を追いかける。すると「ひっ」という声がした。
(もしかして…!)
その声の主を追いかけ、姿を捉える。
犬夜叉が見たその者は―
先程会った古道具屋の主人だった。
「てめえ、どうしてここにいるんだ」
「い、いや、その…ちょっとここを通ったんで、ええと…」
そう言いながら、店の主人は懐から小さな袋を取り出し、犬夜叉に向かって投げつけた。
「うわっ」
あたりに白い粉末が飛び散る。それが犬夜叉にもろにかかった。
「てめえっ…げほっ…くはっ」
犬夜叉がそれを払っているうちに、店の主人は逃げ出した。
「待ちやがれっ」
犬夜叉が追いかけようとした時、
「犬夜叉様!」
「犬夜叉〜!」
雲母に乗った琥珀と七宝が犬夜叉のもとにやってきた。
「大丈夫ですかっ!?」
「琥珀、あの男を…」
「わかりました、捕まえればいいんですね」
そう言って琥珀は、逃げた店の主人を追いかけていった。
「犬夜叉っ大丈夫か!?」
七宝も犬夜叉のもとに寄った。
「けほっ…くそ……弥勒達が気になる」
咳きこみながらそう言って、七宝も一緒に弥勒の家に入った。
「うわっなんじゃこの匂い!」
「嗅ぐな!」
嗅覚の鋭い犬夜叉にとっては家の中に溜まったこの甘い匂いを嗅ぎ続けていると頭がおかしくなりそうだった。
中に入ると、弥勒と珊瑚、双子、そして珊瑚の手の中にいる赤子、全て目をとじて倒れていた。
「弥勒!珊瑚!どうした、目をさませ!」
「犬夜叉、息はしておるぞ!」
はぁ、と一度息をつく。
息があることがわかったとたん、先程弥勒が言っていた言葉を思い出す。
『楓様にも見てもらいましたが、効果があるとしても眠気を誘うだけなので大丈夫だと言っていました。』
もしかしたら、一家が眠り込んでいる隙にあの店の主人は物を盗みに来たのではないか…?
とりあえず、今ここにある匂いの元―香炉―それを始末しなくてはいけない。
「犬夜叉?」
七宝が鼻を押さえながら問う。
「七宝はここで雲母と一緒に弥勒達が起きるまで見張っててくれ。俺はこれを始末しに行く」
そう言いながら香炉を手にとり、犬夜叉は弥勒の家から出た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「くっ…」
手元にあるこの甘ったるい匂いがきつい。
弥勒の家では香炉はもうないから、あれ以上今手元にあるこの匂いを嗅ぎ続けることはない。あとは目を覚ますのを待つだけだ。
そして、あとで琥珀が捕まえたであろう店の主人にどういうことなのか話を聞く。
そう考えているうちに犬夜叉は広い草原にたどりついた。
ヒューヒューと風が吹いている。ここなら匂いは風に紛れて散っていくだろう。
ガッと香炉の蓋をあける。
すると、中からサァーーーと香木のくずや粉が舞い散った。
大きなくずは風に身を任せて飛んでいく。
粉はその場で風の勢いによって瞬く間に舞い上がり、消えていった。
「…はぁ」
そして犬夜叉の手元だけ香炉を残したまま、犬夜叉の意識はゆっくりと遠のいていく―