-ハン-



「おーーーいかごめー!」


と、各々が家に向かっている時。

後ろから聞きなれた声がかごめを呼んだ。



「七宝ちゃん?」


そして、もう一人。七宝に引っ張られてこちらに向かっている。


「どうしたの、七宝ちゃん」

「この男、さっきからかごめたちの様子を見張っておって怪しいと思ったんじゃ!

そしたら知り合いだって言うから、たしかめに連れて来たんじゃ」


「誰だ、てめぇ」


犬夜叉がぎろりとその男を睨む。


「い、いえ。私はただの香や仏具を取り扱う道具屋です。

先程私の店の商品をあげたお方に渡し忘れていた物があったので、それを届けに追いかけて来ただけなんです」


「あなたは、さっきの道具屋の主人ですね」

「七宝、たしかにこの人はあたしたちの知り合いだよ」



七宝は少しだけ不審そうな顔を残したまま、「そうじゃったか…」と言う。


「して、渡し忘れていた物とは?」

「あの、香炉だけじゃ使えないでしょう。

香木も店の売り残りですけれど、差し上げようと思いまして」

「そ、そんな、そこまでしなくてもいいよ」

「いえ、ぜひ使ってみてください。

もしお気に召していただけたら、次に市が開いた時は買っていってくださいな」


そう言って店の主人は弥勒と珊瑚に香木の束を差し出す。


「これは、何の香木です?」


「ちょっと珍しいものなんですがね、これはいい匂いがしますよ。

名称はなんて言ったかなぁ…でも、伽羅(きゃら)にも劣らない香木ですよ」


「あの、沈香っていうのはあるんですか?」



かごめが店の主人に問う。

以前とある村人が見つけた沈香を見せてもらってから、かごめはお香に興味を持っていた。



「これは巫女様。なかなか香に通じていますね。

今は持ってきていませんが、うちの店になら取り揃えてありますよ。」

「本当に!?」



かごめは目を輝かせながら言う。そして、



「あ、でも香炉っていうのがないといけないんだったね。

それにあまりお金もないし、また今度考えるわ」


「そうですか…」



主人は肩を下げる。そして弥勒にもう一度振り返って言う。



「で、貰ってくれますかい」

「うーん…でも悪いですしねぇ」

「そうだよねぇ…」

「まぁまぁ、余り物ですし、使われないよりは誰かに使ってもらう方がマシです。

ぜひ貰っていってくださいな」



弥勒はしばし考える。

そして、「まぁいいでしょう、只ですし」と言ってその香木を貰った。



「そいや、お礼にもう一つ、おもしろい話をしてあげましょう。

昔、大陸のとある皇帝が奥さんを亡くしましてね。

そしてあまりにも悲しんでしまい、そこでとある方術師を招いたんです。

その方術士に霊薬を調えさせ、玉の釜で煎じ練り、金の炉で焚きあげたところ、

なんと煙の中から亡くなった奥さんの面影が浮かび上がったんです。


それを伝説の香、“反魂香(はんごんこう)”と言うんですよ…








そして、店の主人は自分の店に戻り、犬夜叉一行も各々の家へと帰っていった。



帰る途中、七宝はかごめにこそっと「オラはあの男なんか怪しいと思うぞ」と言った。


「もし危ないことがあったらオラに言うんじゃぞ」

「わかったわ。ありがとう、七宝ちゃん」



そうして、七宝も変化してまた空へ旅立っていった。








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犬夜叉とかごめは家に着き、二人とも腰を下ろす。格子戸の窓から茜色の夕日が差し込んでいる。


「かごめ」


「何?」

「七宝、何だって?」

「なんかあのお店のご主人、怪しいかもって」


「そうか…」



犬夜叉は、そう言って黙った。家の中がしん…とする。



「ご飯、用意するね」

「あぁ」


かごめは何かしないといけない、と思った。





犬夜叉の顔をちら、と見ると少しだけ難しい顔をしている。

あの店の主人の事を考えているのかもしれない。それか、もしかすると…



「ねぇ犬夜叉」

「ん?」


「最後にお店のご主人が言ってた、“反魂香”っていうの、もしあったら使いたい?」



久しぶりに、言ってみてちょっとちくりとした。気がする。

もう、今は3年前のように嫉妬とか、そういうものは感じない。


犬夜叉は私のことだけを今は想っている。でも桔梗の事は忘れないと思うし、かごめ自身も忘れてほしくないと思っている。



「俺はそんなもの、使わねえ」



犬夜叉は言った。



「死人にいつまでも囚われてちゃ前に進めねえ。もっと悲しくなるだけだ」



かごめは犬夜叉の目を見る。

夕日に当たって照柿色の目をした犬夜叉は真剣な眼差しでかごめを見ている。




「だから、俺は使わない」


「うん」


犬夜叉はふ、と口を緩め、



「それはかごめのおかげで思い知ったけどな…だからその皇帝をバカだとは言わねえ」


「今、言ったじゃない」



かごめもふふ、と笑う。



「今のは違うっ」

「はいはい、わかってるわよ」



そう言って、かごめは夕餉の用意をしようとする。

すると、後ろから犬夜叉が抱きしめてきた。



「かごめ」


「何?」


「俺はずっと前からお前の事、想っているからな」



耳元で犬夜叉が呟く。



今日はなんだか私の心、読まれているのかな。


そう思いながら、かごめは犬夜叉に言った。



「うん、私もだからね」




振り返って、二人唇が重なる。















「俺、一応弥勒のところに行ってくる」

「わかった、私はご飯の用意しているから」

「もし遅くなったら先食べてていいからな」

「ううん、待ってる」


はぁーと犬夜叉はため息をつく。犬夜叉はかごめがここで引かないということは今ではもはや分かり切ったことだ。


「わかった。すぐ戻る」

「行ってらっしゃい」


そして犬夜叉は弥勒の家へと向かった。